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インタビュー

チラシ3万枚の配布から始まった公開までの道のり─映画『Mothers マザーズ』総合プロデューサー難波望氏が貫いた覚悟

脚本家自身が立ち上がり、自ら企画、制作、公開へと導いたオムニバス映画『Mothers マザーズ』。5人の脚本家が『母』という普遍的なテーマを、それぞれの感性で描いた作品は、多くのファンの共感を呼んだ。

今回は、このプロジェクトの中心人物である脚本家・プロデューサーの難波望氏と、5編のうち『いつか、母を捨てる』で主演を務めた女優・外山史織さんに、作品への思い、制作の裏側、そして映画づくりにかける覚悟について話を伺った。

映画界において『脚本家が自ら映画を作り、劇場公開まで行う』という挑戦は異例の試みだ。企画スタートから作品完成、公開へ至るまでの道のりには、挫けそうな困難と地道な努力があった。

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脚本家が映画公開まで全うする異例の企画

オムニバス映画『Mothers』インタビュー 写真:山本海里

--『Mothers マザーズ』について、すでにさまざまな場でお話されているかと思います。改めて、どのようなプロジェクトなのか教えていただけますか?

難波さん:『Mothers マザーズ』は、5人の脚本家たちが『母』をテーマにそれぞれ自分でオリジナル脚本を書き、自らプロデューサーとして映画を制作しています。それらの作品を一つのパッケージにし、オムニバス映画として劇場公開をしようという目標で始めた企画です。

--テーマが『母』である理由についてお聞きしたいです。このテーマを選んだ背景や、個人的な経験などはあったのでしょうか?

難波さん:この企画の大きな目的の一つが、脚本家が業界の仕事としてはなかなか発表できないオリジナル作品を世に届けることでした。そこで、5人それぞれの個性や作風を最も表現できるテーマは何かと考えたとき、『母』という存在は非常に普遍的で、かつ奥行きのあるテーマだと思ったんです。

誰もが母から生まれ、母に対して愛情を抱く人もいれば、葛藤や複雑な感情を持つ人もいる。その多様な感情を物語に落とし込むことで、バラエティ豊かな作品群になるのではないかと考え、このテーマに決めました。

また、個人的には、特別な問題や大きな葛藤があったわけではありません。

ただ、感謝の気持ちを日常の中で言葉にして伝えることは、あまりできていなかったなと思います。そうした思いを、作品の中で表現できたらいいなという気持ちはありました。

--このプロジェクトに関して、一つ特徴的なことが脚本家さん主導で企画されていることだと思っていました。業界では『映画は監督のもの』と言われることもありますが、脚本家が企画の中心に立つことへの思いや、その背景について教えてください。

難波さん:私自身、脚本家が自分たちで映画を作り、劇場公開まで行い、さらには興行や配給まで手がける例はほとんどないと思っていました。

だからこそ、まずはそれを実現してみたいという思いがありましたね。

書くだけではなく、自分たちで作品を世に届けるところまでできる」という前例を作りたかったんです。

その中で、一緒にやる仲間を探し、声をかけたり、Webで募集したりした結果、今回の脚本家が集まりました。

-このプロジェクトが実現するまでに、どれくらいの期間がかかったのでしょうか。

難波さん:最初に企画書を書き始めたのが、2022年8月頃です。そこから「こういうことをやりたいけれど、一緒にやりたい人はいますか?」と、まずは身近な脚本仲間に声をかけるところから始めました。

すべての作品の撮影を終えて、作品が完成したのが2024年の3月。そこから、映画祭での出品を重ね、劇場公開が2025年の1月だったので、だいたい企画から上映まで、2年半ほどかかりました。

地道な活動の裏で抱いた難波氏の責任感と焦り

オムニバス映画『Mothers』インタビュー 写真:山本海里

--難波さん自身、プロデューサーや脚本家、監督と三役を務められたなかで、ここまでさまざまな映画館を巡り、宣伝を行う過程は本当に大変だったのではないかと思います。その過程で、特に印象に残っている出来事や、「これは大変だった」と感じたエピソードがあれば教えてください。

難波さん:俳優もそうですけど、基本は全部大変じゃないですか。笑

正直、仲間を集め、脚本を書き、チームで映画を完成させるまでは、これまでの延長線上にある苦労でした。

ただ、そこから先の集客や宣伝といった「ビジネス」の領域に踏み込んでからは、まったく別の大変さがありました。お客さんに観てもらえなければ次の劇場も決まらないし、出演してくれたキャストに対しても責任があります。

宣伝では、東京公開時にチラシを3万枚刷り、脚本家やスタッフで分担して配布しました。リュックに何千枚も入れて、新宿などで朝から晩まで一軒一軒お店を回る。断られて落ち込むこともありましたが、それでも諦めずに次へ進む。

身体的にも精神的にも本当にきつかったですが、不思議と清々しさもありました。出演していない仲間まで一緒に動いてくれたことが、何より嬉しかったです。

そして、ある日の全員集合の前に一人でカフェに入ったとき、感謝の気持ちがこみ上げて、思わず涙が出てしまったんです。あの瞬間は、宣伝活動の中でも特に忘れられない思い出ですね。

オムニバス映画『Mothers』インタビュー 写真:山本海里

史織さん:いや‥なんか言葉にならないですね。

--史織さんはチラシ配りにも参加されたのでしょうか?

史織さん:外でのチラシ配りは参加できなかったのですが、劇場では「ぜひ観てください」とチラシを配ることはありましたね。

手に取ってもらえないときは悔しさもありましたが、「観に行きます!」と受け取ってくれる方もいて、その時は、本当に嬉しかったです。

そういう経験があったからか、映画は完成した後も『みんなで一緒に作り続けていくものなんだな』と感じました。

プロジェクトのオープンチャットでは、「今日はここで配っています!」といった報告が流れてきて、予約が埋まっていく様子を見ていると、映画は、人に観てもらって初めて完成するものなんだという実感が湧いたのを覚えています。

--この話を聞いて『そこまで地道にやれるところの素晴らしさ』を感じました。やはり、俳優も同じだと思うのですが「やろうぜ、映画制作しようぜ!」という気持ちはあっても、実際に地道に行動できる人は少ないのかなと。ここまで地道な作業を続けられた原動力は何だったのでしょうか? 

難波さん:今回はオムニバス映画だったことが大きかったと思います。一人でやっていれば、途中で諦めても自分だけの問題で済みます。でも今回は多くの人が関わり、それぞれが想いとお金をかけて参加していました。

だから「自分がやらなければどうにもならない」という責任感が常にありました。その焦りがあったからこそ、どうすれば仲間と一緒に戦えるかを考え続け、公開まで進むことができたと思います。

--完成した作品をご覧になって、率直な感想はいかがでしたか。

難波さん:制作費の規模という点では、商業映画と比べて物足りなさを感じる人もいるかもしれません。ただ、オムニバスとして観たときに、それぞれがまったく異なる個性を持ち、一つの作品としてとても面白いものになったという手応えはあります。

外山史織がオーディションから見せ続けた作品への覚悟

オムニバス映画『Mothers』インタビュー 写真:山本海里

--史織さんの作品については、どのように感じられましたか。現場には行かれたのでしょうか。

難波さん:現場には行っていませんが、オーディションにはほぼ参加しました。そのとき史織さんのお芝居も拝見していて、とても印象に残っています。

実は衝撃的なことがあって…声がかなりガサガサだったんです。

史織さん:ほんとにどうしようもなかったですね。あれは…笑

難波さん:でも、何十人と見た中で、体調は関係なく史織さんの印象はとても強く残ってましたね。最終的に誰を選ぶか話し合ったときも、全員が史織さんを選びました。

本当にいろんな要因があったと思うんですけど、演技力が一番良いという要因だけではなくて、オーディションにかける思いが強く伝わってきたことが大きかったと思います。完成した作品を試写で観たとき、想像以上に素晴らしくて驚きました。

--史織さんは難波さんの言葉を聞いてどう思いますか?

史織さん:難波さんとは、何度かインタビューを受けたことがあり、その都度そのお話はしていただいてましたが、何度聞いても嬉しいですね。

映画『Mothers』場面写真

--史織さんは今作の演技について、テーマに合わせた役作りだったり、特別にアプローチされたことはあるのでしょうか?

史織さん:今回が初めての映画出演だったため、これほど長い台本を手にすることも、長時間スクリーンに残る作品に関わることも初体験でした。

オーディションで選んでいただいたとはいえ、その裏には選ばれなかった人がいる。その事実も含め、最初は大きなプレッシャーを感じていました。

そこで私が徹底したのは、晶子という人物を深く知ること、そして丁寧にリハーサルを重ねることでしたね。リハーサルは演技を固めるためではなく、どんな状況にも対応できるようにするための準備です。

実際のロケ地には行けなかったため、写真から家の様子を想像し、衣裳に近い服を着て動いてみるなど、生活感を身体に馴染ませていきました。セリフ一つひとつに対する晶子の感情の動きを、時間をかけて確かめていった感覚です。

撮影前には実際のロケ地を訪れたりもしました。家の大きさや周囲の環境、小学校までの距離を歩いて確かめながら、彼女がどんな気持ちで日々を過ごしていたのかを感じたかったので。

とにかく後悔したくなかったので、やれることはすべてやったうえで挑もうと心に決めていました。

初めての現場だからこそ、分からないことはすぐに監督さんや支えてくださる方に相談し、丁寧にすり合わせながら撮影に臨みました。

【後編】
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