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俳優コラム

第4回成原佑太郎コラム『僕が何もないなりに導き出した、何もないなりの始め方』

【English Version is here】
第4回コラム英語版はこちら!

僕がプロデュースをした舞台『STAND』のクラウドファンディングによる制作資金の確保について触れた前回のコラム。

結果としては、62人から約3,200ドルの支援を受け、キャストやスタッフへのギャランティを事前に支払える状態まで持っていくことができた。

ひとまず制作の土台は整ったはずだったが、すぐにシンプルで最も難易度の高い課題が立ちはだかる。それは『チケットをどう売るか』である。

『STAND』は、観客自身が体験に参加するイマーシブシアター形式の作品。1公演あたりの最大動員は50人、全6公演で販売上限は300枚だ。チケット価格は18ドルで、これはVancouver Fringe Festivalの規定に基づく設定だった。

最終的に販売できた枚数は295枚。満席にはあと5枚届かなかったものの、無料招待を含めた総来場者数は314人にのぼる。数字としては惜しさが残る一方で、手応え自体は十分に感じられる結果でもあった。

そこで今回は、その過程で浮き彫りになった『できなかったこと』や『あえて選ばなかった手段』など、試行錯誤してきたアプローチを整理していく。

舞台『STAND』でできなかった事

第4回成原佑太郎コラム『何もない僕が導き出した、何もないなりの始め方』

できなかったこと①:広告を打つ

最初に候補に上がったのはSNS広告だ。Instagram、Facebook、TikTokでターゲットを絞り、バンクーバー近郊の演劇好きに届ける。やり方としては、筋の通った手段に見える。

ただ、「見てもらう」と「買ってもらう」は別物であり、そこからさらに「実際に劇場まで足を運んでもらう」まで距離がある。

自分自身の行動を振り返ってみても、SNSで流れてきた広告から、そのままチケット購入まで進むことはほとんどない。

さらに、広告コストも上積みされる。実績のない作品でどれだけ反応が得られるのか。仮に1枚売れたとして、その1枚にかけた費用は本当に見合うのか。

そう考え続けていくうちに、「少なくとも今回はSNS広告には頼らない」という結論に落ち着いた。

できなかったこと②:インフルエンサーに頼る

次に考えたのは、影響力のある人に紹介してもらうことだった。

バンクーバーの演劇コミュニティで発信力のある人や、フォロワーの多い人に声をかけて広めてもらう。ただ、これも現実的ではなかった。そもそも繋がりがなく、何より紹介するための材料がなかった。

実績も評価もない状態で「これを紹介してください」とは言いづらい。何をどう伝えればいいのか、自分でも整理できていなかった。

できなかったこと③:メディアに取り上げてもらう

プレスリリースを出して、地元メディアに取り上げてもらうことも考えた。

Fringe Festivalは作品数が多い分、メディアに取り上げられれば大きな効果がある。ただ、ここでも同じ壁があった。取り上げる理由がないということだ。

初めて舞台をつくる無名の日本人の作品。編集側から見れば、優先順位が高くないのは当然だと思う。

試行錯誤の結果たどり着いた方法とは?

第4回成原佑太郎コラム『何もない僕が導き出した、何もないなりの始め方』

広告は打たない。インフルエンサーにも頼らない。メディア露出も前提にしない。

そうして選択肢を削っていった先、私に残ったのはごくシンプルな方法だった。

それは『自分で動くこと。ひとりひとりに、直接伝えていくこと

カナダで出会った人にはできる限り連絡を入れ、対面で会えた相手にはその場で作品の話をする。

Instagramのストーリーズでは、制作のプロセスや稽古風景を毎日更新し続けた。クラウドファンディングの支援者には、ドレスリハーサルを公開して実際の空気を感じてもらう機会もつくった。

特別な仕掛けは何ひとつない。むしろ、手間と時間のかかるやり方だ。

それでも続けているうちに、少しずつ変化が見え始める。

「友達と一緒に行くね」

「家族も連れていくよ」

声をかけたのは一人なのに、その人がさらに誰かを連れてきてくれる。自分の手が届かなかったところへ、作品だけが先に届いていく感覚があった。

もちろん、これは自分ひとりの成果ではない。キャストやチームメンバーも、それぞれのつながりの中で作品を紹介し続けてくれた。

これは、間違いなく広告だけでは生まれなかった広がり方だと思う。

最終的な販売枚数は295枚。数字だけ見れば「あと一歩」の結果かもしれない。

それでも強く残っているのは、来場者一人ひとりの表情だ。

楽しそうに帰っていった子どもの背中。この作品のためにわざわざ日本から足を運んでくれた人。終演後、目を輝かせながら感想を伝えてくれた人もいる。

舞台を支えてくれたのは観客だけではない。キャスト、スタッフ、ボランティア全員が限られた条件の中で、役割を全うしてくれた。

チラシ配りやポスター貼り、終演後の撤収作業まで、一緒に動いてくれた人たちもいた。

295枚のチケットの向こう側には、それだけの数の顔と、積み重なった時間があったのは確かだった。

初めての人は、何から始めればいいのか?

第4回成原佑太郎コラム『何もない僕が導き出した、何もないなりの始め方』

このコラムでは、あまり強い断言をしないようにしている。まだ自分自身が挑戦の途中にいると思っているからだ。

それでも、一つだけはっきりと言えることがある。

できないことを一つずつ手放していくと、最後に残るのは「自分にできること」だけになる。

それは派手さもなく、時間も手間もかかり、効率だけで見れば決して優等生なやり方ではない。

それでも、そのプロセスの中で出会った人たちの顔は、今もはっきりと浮かぶ。

何も持っていなかった自分が選べたのは、そういうやり方だった。

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