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俳優コラム

第1回成原佑太郎コラム『バンクーバーに来て学んだ、場所よりも大切だった俳優としての考え方』

【English Version is here】
成原佑太郎第1回コラム英語版はこちら!

「なぜバンクーバーという場所を選んだのか?」

海外で活動していると、必ずと言っていいほど投げかけられるのがこの問いだ。

ハリウッドを目指す俳優として、僕がバンクーバーを選んだ理由は決してドラマチックなものではない。

ただ、その選択の裏には、当時の現実と、今も続く一つの仮説があった。

なぜハリウッドを目指すのにカナダを選んだのか?

バンクーバーに来てから、ほぼ必ず聞かれる質問がある。

「なんでバンクーバーを選んだの?」
「ここを選んだ理由は?」

その答え自体は、とてもシンプルなものだ。

「ハリウッドに最も近い場所で、かつワークビザが取れる場所」

この話題の中で「アメリカじゃないの?」と聞かれることもよくある。
しかし、アメリカはビザの壁が高く、当時の僕にとって『働く』ことが現実的に難しかった。だからこそ、ワーキングホリデーで渡航ができて、なおかつアメリカに近いカナダを選んだ。

これは、カナダに来る日本人俳優の多くが挙げる理由ではないだろうか?

そこから先はトロントか、バンクーバーか——と言いたいところだが、当時の僕はトロントについてほとんど調べていなかった。

「カナダといえばバンクーバーでしょ」くらいの、かなり大雑把な感覚だったと思う。

ただ一つ確かなことは、僕は『Hollywood North』と呼ばれるバンクーバーに惹かれたということだ。

・ロサンゼルス、ニューヨークに次いで北米で三番目に大きい映画の産地であること。
・BC州による税制優遇で制作費を抑えられること。
・街や海、山や森もあり、いろんな場所で撮影ができること。

そういった話を耳にして「たぶんバンクーバーが一番いいのかな?」くらいの感覚で決めた。今振り返ってみると、あの時の僕は、ひとつの仮説を立てていたのだと思う。

「撮影が多い場所=チャンスも多い」

この仮説を信じていたからこそ、僕はバンクーバーを選んだ。

バンクーバーで暮らして初めて見えてきたこととは?

日本にいた時も、バンクーバー行きを決めてからは、ひたすら情報収集をしていた。俳優学校やプロダクションについては、調べればある程度までは分かる。

しかし「実際にここでどう戦うか?」「どんな壁があるか?」といった、リアルな情報はどうしてもネットからは掴めなかった。

だから僕は、現地に渡ったら何よりもまず「現地で人に会って情報を取りに行く」ことを最優先にしようと決めていた。結果的にこの判断は、正解だったと思う。

ただしそれは、チャンスが一気に増えたという意味ではなく『現実を早い段階で知ることができた』という意味での正解だった。

そして僕の仮説とは反対に、1年半住んでみて分かった事実がある。

それは、『バンクーバーではハリウッド作品の撮影は確かに多いが、主要キャストはカナダ国外でキャスティングされることが多い』という事実だ。

特に日本が関わるプロジェクトの場合、オーディション自体が日本で完結しているケースも多い。

主要な役は既に決まった状態で現地に流れてくるのは、こぼれた役や端役でのキャスティングとなる。

そもそも、バンクーバーで活動している日本人俳優の数自体が多くない。そう考えると、キャスティングが日本で行われるのは、構造的に見ても自然なことだ。

「撮影が多い=自分にチャンスが多い」これは、思っていたよりも単純ではなかった。

俳優として自分が向き合うべきことは何だろう?

この現実を知って僕が最初に問いただしたのは、「だったらどうする?」だった。オーディションや出演機会は、自分では選ぶことができない。

でも、ここで立ち止まって待つのか。動き方を変えるのか。そこだけは、自分で決められる。

であれば、自分が向き合うべきことは何だろう?

この問いは、今も僕の行動の中心にある。

ただ、1年半暮らしてみて「ここは自分に合ってるかもしれない」と感じた点もある。それは、すべてが自分の行動次第で決まっていくところだ。

この街は移民も多く、誰もが「1年目」のような感覚を持ち、やる気がある人も多く、そういう人に会える機会も多い。

その分僕みたいに他所から来た何者でもない人間にとって、この街は「待っていれば拾われる場所」ではない。動かない限り、何も始まらない。

自由がある分、責任もきちんと返ってくる。そのバランスが、今の僕にはちょうどよかった。

だから僕は、とにかく人に会いに行った。現場、イベント、演技クラス。英語がろくに喋れなくても、ボランティアでも何でも参加した。俳優や映画、舞台に関わることには、お金も時間も惜しまなかった。早く現地の“空気”を掴みたかった。

情報も、機会も、同じ場所に落ちてはいない。

でも人に会いに行けば、情報を取りにいける。情報が入れば、次の機会に繋がる。

Vancouver Bc

実際、ボランティアを通して出会った先輩Aがいる。僕が舞台を作ることになった時、Aさんには分からないことをたくさん質問した。

すると、Aさんはいつでも丁寧に答えてくれて、「頑張れ」と背中を押してくれた。僕もAさんがイベントをやる時は必ず足を運んだ。このような『行ったり来たり』の積み重ねの中で、関係が育っていくのではないだろうか。

待っていても何も変わらない。
正解にするために動くだけだ。

そしてもう一つ、僕が掴みにいきたかったものがある。

どんな状況でもブレずにコツコツ続けられる“仕組み”だ。

今の僕は、毎朝必ずカフェに行って作業をする。脚本を書いたり、プロジェクトを作る準備など自分がやりたいことに時間を使う。全く派手じゃないけど、 『自分で握ってる習慣』 があると、またコロナが来ようが、いただいた仕事がキャンセルになろうが自分を見失いにくい。

これは「待つ」ことの恐怖に負けないための、僕なりの生存戦略だ。

俳優という仕事は、どうしても「選ばれるのを待つ」時間が長くなる。その「待ち時間」に心をすり減らさないためには、自分でコントロールできる時間を意図的に作るしかなかった。

では結局、バンクーバーを選んだのは正解だったのか。

正直、まだ分からない。今も答え合わせの途中にいる。

現状の僕の暫定結論はこうだ。

バンクーバーに限らず、1年目にどれだけ種を植えられたかで、2年目3年目の景色が変わる。
バンクーバーでは、特に自分の本気度を試されている感覚に近い。
場所の正解探しよりも『この場所でどれだけ動いたか』。今の僕はそこに重きを置いている。

そして最近は、動くことだけじゃなくて、その結果を自分のものとして引き受ける準備も、ようやくできてきた。

これからの景色は、今のあなたの動き方でいかようにも変えられる。

思い通りにならない今を、あなたはどう「正解」に変えていきますか?

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