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【レビュー】映画『ブロークン・ヴォイス』-「人から評価される喜び」が絶望に変わる瞬間

人は誰かに認められたいと願う生き物である。とりわけ子どもにとって、大人から認められることは、自分の存在価値を確かめる大切な手段のひとつだ。だからこそ、その純粋な願いが権力を持つ大人に利用されたとき、子どもの心には何が残るのだろうか。

チェコ映画『ブロークン・ヴォイス』は、そんな問いをひとりの少女のまなざしを通して描いた作品である。声を上げることすらできない状況の中で、少女が何を感じ、何を信じ、そしてどのように沈黙していくのか。

本作は、子どもが「認められたい」と願う気持ちにつけ込む大人の権力と、そのなかで声を失っていく少女の姿を描いた作品である。

映画『ブロークン・ヴォイス』作品の概要

© endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

映画『ブロークン・ヴォイス』の舞台となるのは、共産主義体制が終わり、チェコが西側諸国へと開かれ始めた1990年代初頭。当時は社会に自由の空気が広がる一方で、それまで抑えられていた欲望もまた、膨らみつつあった。

物語の着想源となったのは、日本公演も行ったプラハの名門少女合唱団「バンビーニ・ディ・プラーガ」をめぐる実際の事件である。同合唱団の指導者は2004年、少女たちへの性的虐待の容疑で逮捕された。その後、1984年から20年間にわたり、少なくとも49人が被害を受けていたことが明らかになっている。

主人公は、13歳の少女ヴァレリエ(カテジナ・ファルブロヴァー)。15歳の姉ルチエ( マヤ・キンテラ)が所属する世界的な少女合唱団に、ヴァレリエも入団することになる。姉はすでに、コンサートに出演する選抜メンバー、通称“1軍”の一員。一方のヴァレリエは、補欠的な“2軍”に位置づけられていた。

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そんな中、合唱団では初のアメリカ・ツアーに向け、20人のメンバーを選抜する雪山合宿が行われる。そこでヴァレリエは卓越した歌唱力を発揮し、次第に頭角を現していく。

彼女たちを率いるのが、35歳のカリスマ指揮者ヴィーテク・マーハ(ユライ・ロイ)だ。厳格な指導者でありながら人懐こい一面も持つ彼は、少女たちから憧れと恐れを同時に集めている。合唱団という閉ざされた環境のなかで絶対的な権力を握る彼と、認められることを求める少女たち。その関係性が、物語の大きな軸となっていく。

監督・脚本を務めたのは、チェコ映画界の新鋭オンドジェイ・プロヴァズニーク。本作は、彼にとって長編第2作となる。

「その場の瞬間を生きる」超洗練された少女たちの演技のライブ感度

© endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

本作を観てまず強く印象に残るのは、子どもたちの演技の水準の高さだ。日本以外の多くの国では、演技は音楽と同じように、創造性や教養を育むものとして教育に取り入れられている。

そうした文化的な土壌が影響しているのかは定かではないが、本作の少女たちはまさに「演技をしない演技」を体現しているようだ。役を演じているというより、その場に実際に生きているように見える。その生々しさが、セリフだけでは伝わらない感情や緊張感を画面にもたらしている。

中でも強い印象を残すのが、ヴァレリエを演じたカテジナ・ファルブロヴァーだ。撮影当時、彼女自身も役と同じ13歳で、劇中の歌唱もすべて本人が担当している。選ばれることへの戸惑い、姉や仲間に向ける嫉妬、そして言葉にならない不安。

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ファルブロヴァーは、思春期特有の揺れ動く感情を、過剰な演技に頼ることなく繊細に表現している。喜びと恐れが入り混じる複雑な心情を、13歳という年齢だからこそのリアリティで体現してみせた。映画初出演にしてチェコ・ライオン賞主演女優賞を受賞したことにも、納得させられる演技である。

一方、指揮者ヴィーテクを演じるユライ・ロイの存在感も見逃せない。ロイが演じるヴィーテクは、表向きには合唱団をより良いものにするために尽力する、律儀で熱心な指導者だ。しかしその一方で、ヴァレリエとの距離を露骨に縮めるのではなく、少しずつ、巧みに近づいていく。

指導者としての顔と、ひとりの少女を自分の側へ引き寄せていく人間としての顔。その二面性をロイは巧みに演じ分けているのがわかる。

だからこそヴィーテクは、単純な「悪役」としては描かれない。観客もまた、彼の人柄や魅力に一瞬惹かれてしまう。その感覚があるからこそ、彼の行動が持つ危うさと恐ろしさが、より生々しく迫ってくる。

評価者に依存してしまう集団コミュニティの危うさ

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本作は、合唱団というひとつのコミュニティのあり方を極めてリアルに描いた作品でもある。人が集まる場には、評価する側と評価される側という構図が必ず生まれる。

チームの誰かが成功すればそれを妬む者が現れ、うまくいっているはずの者が足を引っ張られることもあるだろう。評価する立場の人間が、特定の誰かを贔屓してしまう場面も少なくない。こうした構造は合唱団に限らず、あらゆる集団に共通するものである。

とりわけ本作が描く時代の教育現場では、先生と生徒の上下関係が今よりはるかに強固だった。そのため子どもたちは、評価されることを何よりも気にしながら日々を過ごしている。

本来は協調こそが求められる合唱団の中に、ギスギスとした空気が漂うのはそのためだ。ヴァレリエ自身も、選ばれたことを内心では喜びながら、それを素直に表に出すことができない。

教育の場における上下関係のあり方は、近年になって大きく見直されつつある。それでも本作は、評価を軸に成り立つコミュニティが抱える危うさを、観る者に改めて突きつけてくる。

ヴァレリエが声を失う衝撃の理由とは…

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※以下、物語の結末に触れる。

ヴァレリエはやがて声を失っていく、その背景にあるのは指揮者ヴィーテクによる性的な搾取だった。大人と子ども、評価する者とされる者という絶対的に非対称な関係のなかで起きた出来事は、決して合意の上の「関係」ではなく、一方的な暴力なのである。

その後、ヴァレリエが見せる表情は、本作が描いてきたものを凝縮している。そこに浮かぶのは、心にぽっかりと穴が空いたような空虚さと、まるで自分自身を責めているかのような後悔だ。

その複雑な感情を、ファルブロヴァーは言葉に頼ることなく表情だけで伝えてみせた。あの瞬間の表情は、彼女が役を生きたからこそ生み出せたものだろう。

そして本作が恐ろしいのは、「評価されること」の喜びと怖さが、地続きに描かれている点にある。認められたい。選ばれたい。その願い自体は、子どもにとってごく自然なものだ。

しかし、その純粋な欲求につけ込む権力を持った大人がいた時、子どもは抗う術を失ってしまう。結果として少女は、自分では背負う必要のない傷を、その後も抱え続けることになる。

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こうした構造は、かつてのハリウッドや日本の映画界にも、確かに存在していたはずだ。では、それが今はもう存在しないと、私たちは言い切れるだろうか。

もちろん、子どもが誰かから評価されることを求めるのが悪いわけではない。スポーツでも芸術でも、子どもは指導者に認められたいという思いを原動力に努力する。

厳しい環境に身を置くことが、成長につながる場合もある。だからといって、危険を避けるために厳しい環境そのものを遠ざければいい、という単純な話でもない。

重要なのは、評価されることだけが目的になったとき、子どもが評価する側に対してあまりにも無防備になり得るということだ。

そして、その無防備さにつけ込まない責任は、当然ながら大人の側にある。厳しさと安全をどう両立させるのか。その問いを引き受けるべきなのは、子どもではなく、周囲にいる大人たちなのだ。

美しいハーモニーの裏に隠された絶望

『ブロークン・ヴォイス』は、告発や断罪を前面に押し出す映画ではない。カメラは一貫して13歳の少女の視点に寄り添い、選ばれる喜びがどのように沈黙へと変わっていくのかを丹念に追っていく。

その過程で浮かび上がるのは、合唱団という小さな共同体に渦巻く嫉妬や贔屓、そして評価をめぐる人間の欲と葛藤である。

声を揃えることを求められた少女たちは、いつしか自分自身の声を失っていく。その残酷さを美しいハーモニーとともに描き切った本作は、子どもを取り巻くあらゆるコミュニティに関わる大人にこそ、観てほしい一本だ。

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