いつ何時も、新しいことに挑戦している人は魅力的だ。
特に10月は、そう実感する機会が多かった。
現在、私はある映画の撮影に参加している。今作で主演を務める方は、これが演技初挑戦だという。
50代にして毎年何かしらの挑戦をしていると話すその方は、会話の中で以下のような言葉を晴れやかな表情で言い残した。
「挑戦している方が、生きていると感じられる」
その輝くような顔を見たとき、素直に羨ましいと思った。
私は年々挑戦することに臆病になっている。
なりふり構わず挑戦していた20代は勢いが先行していて、「挑戦したもの勝ちだ」ぐらいに思っていた。だが、あの時・・・と思うことも少なくない。
今はあの時があったから今があるなんて強がって言ってはみているものの、踏み出した先でなかなかうまくいかなかったらどうしようと、やる前から最悪な状況を想定してしまうのだ。
自分の得意なことばかりやっていては、広がりもなければ成長も無いとわかっているのに。
撮影現場で奮闘している主演の方の姿を見て「まだまだやれることはたくさんある」と、私は自然と背筋が伸びる思いがした。
今回のコラムでは、その撮影現場で私が目の当たりにした「挑戦する人」が持つ姿勢と、そこから気づかされた「誰のそばに身を置くか」の大切さについて綴りたい。
挑戦する人が持っているもの

新しいことを始めようとすると、周囲からはさまざまな声が届く。
「やめた方がいい」「うまくいくはずがない」「失敗したらどうするの」。その多くは、挑戦を引き止める言葉だ。それでも、やると心に決めた人は揺るがない。
その方は、失敗したときのことよりも、成功するために何ができるかを常に考え、前を向き続けていた。この人についていけば、きっと何かを起こしてくれる。最後までやりきってくれる。そう思わせる力があるからこそ、その周りには自然と多くの仲間が集まるのだろう。
また、新しい世界に飛び込む人は、その世界で生きてきた人への敬意を忘れない。
撮影の合間、私はその方から「史織さんは演技のプロでしょう?」と声をかけられた。
俳優だと名乗ると、「ああ、俳優の卵ね」と返されることが少なくない。そのたびに、いつになったら”卵”でなくなるのだろうと、心のどこかで感じてきた。
だからこそ、一人のプロとして向き合ってもらえたことに胸が熱くなり、同時に、その言葉にふさわしい自分でいなければと身が引き締まった。
そして、何かを成し遂げてきた人ほど、自分一人の力では何もできないことをよく知っている。
「あの人がいなければ、ここまで来られなかった」「あの人のおかげです」
現場では、その方の口からそうした言葉を何度も耳にした。撮影の合間にも、スタッフや共演者への細やかな気遣いを欠かすことはなかった。
人を動かすのは人

人は、人の姿に心を動かされる。
誰かの言葉に励まされることもあれば、何かに向かって進む背中を見て、自分も一歩踏み出してみようと思うこともある。
今回の撮影現場で、私はまさにそんな経験をした。
主演の方の挑戦する姿に背筋が伸びたのはもちろん、私を一人の俳優として扱ってくれた言葉にも、知らず知らずのうちに力をもらっていたのだと思う。
挑戦する人は、ただ自分の道を切り拓くだけではない。その姿や言葉が、誰かの中に眠っていた気持ちを呼び起こすことがある。
そう考えると、誰のそばに身を置くかは、思っている以上に大切なのかもしれない。
不安を口にしたとき、失敗を恐れる気持ちに寄り添ってくれる人も必要だ。一方で、自分が思いもしなかった世界を見せてくれる人や、まだ知らない自分の可能性を信じてくれる人の存在にも、救われる。
そして、自分もまた、誰かにとってそんな存在でありたいと思う。
年々、挑戦することに臆病になっている私だけれど、誰かの挑戦を羨ましいと思えたのなら、まだ心のどこかに、挑戦したい気持ちが残っているのだろう。
まずは、その気持ちをなかったことにしないでいたい。
誰かの背中に押されながら、いつか自分も、誰かの背中をそっと押せる人になれたらと思う。
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