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売れることに苦しまないために--映画『Return to My Blue』監督・野口雄大氏が「祖父の一句」から見つけた生き方
「売れたい」「有名になりたい」という思いは、表現者にとって大きな原動力になる。
一方で、その結果だけを追い続けると、思うように評価されないときに自分自身まで否定されたように感じてしまうこともある。
映画『Return to My Blue』の野口雄大監督も、かつて「監督として認められたい」という思いに苦しんだ時期があった。そんな野口監督の考えを大きく変えたのが、亡くなった祖父との時間だったという。
祖父から受け取ったもの、そして自身の経験から見つけた「表現する目的」とは何なのか。俳優をはじめ、表現者としてキャリアを歩むうえで大切なことについて、野口監督に話を聞いた。

「監督として認められたい」から、目の前の評価に振り回されなくなった

野口監督がまず語ったのは、「何のためにそれをやるのか」という目的についてだった。
「売れたい」「有名な作品に出たい」という思いは、もちろん目標として持っていていい。ただ、それだけを目的にすると、結果が出ないときに苦しくなる。野口監督自身、かつてその状態に陥っていたという。
助監督からキャリアをスタートさせた野口監督にとって、「監督になる」ことは大きな目標だった。
20代で監督を任されるようになったものの、それまでの助監督時代は、作品に携われる喜びがある一方で、周囲で監督になっていく人を見るたびに焦りを感じていた。
「監督として名を馳せたい」「もっと大きな作品をやりたい」
そうした思いが強かったからこそ、作品の評価にも一喜一憂した。
評価されれば安心する一方、厳しい反応があれば「監督として生きていけるのか」と落ち込む。特にそんな20代を自身では「暗黒期だった」と振り返る。
キャリアの転機となった祖父の一句

そんな野口監督の考え方を変えたのが、祖父の存在だった。
94歳で亡くなった祖父は、俳句を愛し、宇都宮から日光まで自転車で出かけて一句詠むなど、旅をしながら俳句を楽しんでいたという。
その祖父が癌を患い、野口監督が見舞いに行くと、祖父は痩せ細り、ほとんど動かずベッドで横になっている。枕元にあった手帳をめくると、途中から俳句のページがずっと白紙のままだ。
「もう、おじいちゃんは大好きだった俳句が詠めないんだ」
そんな思いを抱えながら、ある日、車椅子で祖父と廊下を散歩していると、七夕の短冊が目に入った。
「筆も握れないだろうな」と思いつつ、俳句の代わりに短冊を渡し、「ちょっと一句、書いてよ」と声をかける。
すると祖父は、すらすらと文字を書き始める。驚いた野口監督が覗くと、そこに記されていたのは、「なあにを書こうかな!!」という一句だった。
最期までユーモアを失わず、何かを作ろうとしていた祖父の姿に、野口監督は強く心を動かされたという。それが祖父との最期の時間になった。
亡くなった後、野口監督に大きな後悔が残ったと語る。
「誰かの物語を映像として残す仕事をしているのに、一番身近な家族である祖父の物語を何も残せていない」
「なあにを書こうかな!!」と最後まで創作を続けた祖父のように、自分も「なあにを作ろうかな!!」と考えながら生きていきたい。
映像という自分の武器を使って、自分にしか作れないものを遺していきたい。
そう考えるようになってから、仕事との向き合い方が変わったと話す。
「有名になりたい」という思いがなくなったわけではない。組織の中での立場や、自分がどの位置にいるのかを気にすることもある。
それでも、「自分にしか作れないものを世の中に遺す」という目的を持つことで、一つひとつの評価に以前ほど振り回されなくなった、と野口監督は明かした。
「そもそも、なぜ俳優になりたかったのか」を考えてみる

この経験から野口監督が伝えたいのは、表現者としての「原点」を忘れないことだ。
キャリアを積んでいくと、「売れたい」「有名になりたい」という目の前の目標に意識が向きやすい。だが、その前に「そもそも、なぜこれをやりたかったのか」という原点がある。
俳優であれば、「なぜ俳優になりたかったのか?」
それは、単に有名になるためではなく、「人を喜ばせたい」「誰かを別の世界に連れていきたい」「感情を表現したい」といった思いだったのかもしれない。
もしそうであれば、その目的を実現する方法は、映画やドラマへの出演だけとは限らない。
野口監督自身、テレビ局で働きながら、現在もプライベートで作品作りに励むなど、複数のプロジェクトを進めている。そうした「二足のわらじ」の生き方が、結果的に自分の表現を広げてくれることにも気づいたという。
「役者だけで生きていきたい」と考えることも、もちろん一つの選択だ。一方で、別の仕事をすることや、思いがけない分野に挑戦することで、新しい表現につながる可能性もある。
野口監督が祖父との時間から見つけたのは、評価されることではなく、自分にしか遺せないものを作るという目的だった。
目指す場所が変わらなくても、そこへ向かう理由が変われば、キャリアとの向き合い方も変わる。
俳優として生きていくうえでも、「売れること」だけを目的にするのではなく、自分は何を表現したいのか、何を遺したいのか。その原点を持ち続けることが、長く表現を続けるための一つの支えになるのかもしれない。
劇場公開情報
・[東京] シネマ・チュプキ・タバタ(東京都北区東田端2-8-4/JR田端駅北口より徒歩7分)
・[島根] Shimane Cinema ONOZAWA(島根県益田市あけぼの東町2-1 小野沢ビル3F/益田駅から徒歩約7分)
・[長野]長野千石劇場(長野県長野市南石堂町1367/長野駅善光寺口より徒歩約3分)
・[沖縄]桜坂劇場(沖縄県那覇市牧志3-6-10/国際通り てんぶす那覇から徒歩2分、ゆいレール牧志駅より徒歩6分)
詳しい情報は公式サイトよりご確認ください。



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