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第7回 外山史織コラム『思い通りにしか、進まない』
いつだって何かを掴める人は、ハートが強い人だ。
強い人が勝つのではなく、「私は出来る」と信じられる人が、結局は何かを掴んでいく。 敗北を感じた瞬間に、もう負けは確定しているのではないか。最近、私はそんなふうに思うようになった。
才能や器用さよりも、心の持ちようこそが、その人の発揮できる力を決めている。うまくいくときも、いかないときも、その分かれ目はいつも自分の心の中にある気がしてならない。今回のコラムでは、私が気づいたそんな人生観を記していきたい。
心には、想像を現実にする力がある

最近よく思うことがある。それは『人生は、自分の思った通りにしか進まないのではないか』ということだ。
できると思えばできるし、できないと思えば、本当にできない。いつだって行動を決めるのは自分の心だ。
たとえば、雨の日に駅の階段を降りるとき。「うわ、ここ滑りそうだな」と思うと、本当に滑ったりする。同じ雨の日でも、そんなことを全く考えていないときは、不思議と滑ったりしない。
さらには「噛みそうなセリフだな」と一瞬でもよぎれば噛んでしまうこともあるし、泣く必要があるシーンでは「やばい、泣けないかも」なんて思ったら、もうアウトだ。
だから、もし自分の人生が思い通りにいかないと感じているとしたら、それは自分自身がそう思い込んでいるだけかもしれない。 「どうせうまくいかない」は呪いの言葉だ。
そこで思うのは『根拠のない自信』こそ本当は一番強いということである。
「どうせうまくいかない」と思っていたり、自分を信じきれていない。
経験上このような時は、あまり力が発揮できない。普段以上に緊張する上に、意識の矢印が自分にばかり向いてしまうので、視野は狭くなるし、思考も働かなくなる。
しかし「私は絶対に大丈夫」と思えている時は、大胆な行動をとったり、その行動を楽しめるほど心にゆとりが生まれる。アイディアが次から次へと浮かんできて、想像以上の力を発揮できることもある。
気持ちが下を向いているときは、チャレンジをするのが怖い。悪い想像ばかりが膨らんで、臆病になる。
だが「自分はやり切れるんだ」と気持ちが上を向いているときはどうだろう。失敗することなんて、そもそも考えない。ぐんぐん前に進めて、結果も良かったりする。
心で負けない。 最近の私にとって、これがとても大きな課題だと感じている。
弱さを知れば、備えられる

私は天才じゃない。 だからといって、何もかも適当にやり過ごせるほど、心が強いわけでもない。 だから、人一倍の準備と努力が必要だ。
「やってみて!」と言われて、ポンとできてしまうときもある。でもそれは、想像できるだけの引き出しが、自分の中にあることが前提だ。 準備をしていれば、その引き出しは少しずつ増えていく。
よく、「リハーサルをやりすぎると、演技が固まってしまうんじゃないか」と言われることがある。
でも私の場合は、まったく逆だ。リハーサルでいろいろ試すことで、むしろ選択肢が増えて、自由になれる感覚がある。 ただ、それもこれも、可能性をどれだけ想像できるかで決まってくる。
器用な人を、羨ましく思うときもあるが、羨ましく思ったところでその人にはなれない。
不器用な自分とうまく付き合っていく方法を見つけることの方がずっと大事だと思う。 不器用でも、一所懸命に、がむしゃらに向き合っている人の方が、むしろ私は人間らしくて好きだ。
弱いことがダメなんじゃない。 弱いと知っていれば、対策ができる。 対策ができれば、100点は無理でも、0点は免れる。
そして、その弱ささえも武器にできる時が来るかもしれない。
人生は想像した通りにしかならない

結局のところ、人生は自分が想像した通りにしか進んでいかないのだと思う。
「どうせ無理だ」と思えば、その通りにうまくいかない。「私は大丈夫」と信じていれば、不思議と道はひらけていく。
そして、自信の無さは、隠しているつもりでも、必ず顔に出る。声に出る。自分がまとっている雰囲気に、にじみ出てしまう。だからこそ、自分に向かってマイナスな言葉をかけ続けるのは、あまりにもったいない。
自分の弱さをちゃんと知って、「私はこうだ」という芯さえ持てたなら、それはやがて根拠のない自信に変わっていく。そしてその自信こそが、いざというときに一番の武器になってくれる。
もし今、何かがうまくいかないと感じているなら、少しだけ立ち止まって、自分が自分にどんな言葉をかけているかを、振り返ってみてほしい。
その言葉を、そっと前向きなものに変えるだけで、見える景色は驚くほど変わっていくはずだ。


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