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第6回外山史織コラム『のめり込んだ「やっている風」の毎日』
先々月、私はこのコラムのお休みをいただいた。
理由はいたってシンプルで、「書けなくなった」からだ。
そこに至るまでにはいくつかの伏線があって、気づけば私は、完全に負のループの中にいた。
自信や余裕を失うと、人はここまで考えられなくなるのか——それを一番痛感したのが、ほかでもないこのコラムだった。
一月前の私は、ただ焦ってばかりだった。
一つの出来事をゆっくり味わうどころか、次から次へと思考が移り変わる毎日に追われていた。心に引っかかる出来事は、本当はきっとたくさんあったはずなのに、自分の余白に目を向ける余裕がなくて、それらは足元にポタポタとこぼれ落ちていく。
そんな殺伐とした日々を、私は過ごしていた。今回のコラムでは、そんな日々で見つけた、自分自身のことを書いていきたいと思う。
次から次へとやってくる日々のタスク

小さな違和感や、「なんでだろう」という問いが芽生えても、その答えにたどり着く前に、次のタスクが頭に割り込んでくる。
「あ、これもやらなきゃ。 あ、あれもやらなきゃ」
うまくいっていない時ほど、何か目に見える成果が欲しくて、あれこれと手を出してしまうのが私の悪い癖だ。
そうして勝手に忙しくなり、どれも中途半端なまま終わって、また自信を失う。「私、いったい何をやってるんだろう」と、いちいち落ち込む日々を過ごしていた。
焦りは禁物とはよく言うが、まさにその通りだと思うほど、空回りする日々が続いていた。
少し前までは、答えが出るまでその問いにじっくり浸かっていられた。それが今は、焦りからか、「何かやらなきゃ」という思い込みからか、あれもこれもと抱え込もうとしてしまう。
得意な問題ばかりを解いて満足する。
そんな「やっている風」の毎日に、成長などあるはずがない。
そんな自分に嫌気がさして、この一ヶ月は一つ一つに集中するために、芸能の仕事以外を少しだけ休ませてもらった。
解放して立ち止まって見えた自分とは

いろいろと手を止めてみて、まず思ったのは、一つずつクリアしていくことの大切さだった。
クリアする前に、次の課題へ移らない。得意な問題ばかりを選ばない。たとえ解けなくても、とりあえず向き合ってみる。それが何より大事なのだと、ようやく腑に落ちた。
私はずっと、失敗を怖がっているのだと思っていた。
でも本当は、失敗そのものではなく、失敗した自分を受け入れられなくなることが、一番怖かったのかもしれない。失敗なんて本当はないのに。
自分を見限った瞬間、何もかもの原動力が、ふっと無になってしまう気がしていたから。
だからこれからは、失敗しない自分を目指すのではなく、失敗した自分にも「よく挑戦したね」と言える自分になりたい。
気づけば私は、いつも自分に「ダメ」を突きつけてばかりいる。失敗したその瞬間に、自分に絶望してしまうのだ。
「やっぱり向いてない」 「価値がない」 「だから言ったじゃん」 「お前は何をやってもダメだな」
そんな言葉が、無意識のうちに浮かんでは、こびりついて離れなくなる。
失敗しても、自分の価値が消えてなくなるわけじゃない。そう信じられる自分でいたい。
「助けて欲しい」と言える大切さ

それでも、たくさんの人に支えられて、ようやく長い洞窟の先に光が見えてきたような気がしている。
仕事も、それ以外の何もかも、一人ではできない。どこまでいっても、人は誰かに支えられながらでしか生きていけないのだと思う。
弱みを見せたくないあまり、「助けて」となかなか言えない私ではあるが、この一ヶ月は「助けて」と言ってもいいんだと思える出来事がたくさんあった。
このコラムに関してもそうだが、最近は母親役のオーディションが増えていたこともあり、友人に頼り、母親が着そうな洋服を一緒に選んでもらったりもした。
頼りすぎるのは良くないが、助けてくれる人がそばにいてくれること——その有り難さを、忘れない自分でいたい。
いつか仕事で恩返しできるように、これからも一つ一つ、丁寧に向き合いながら進んでいきたいと思う。


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