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「不可能」は、誰が決めたのか——映画『Return to My Blue』レビュー
人工呼吸器をつけた10歳の少年が、電気も水もない無人島を目指す。
一見すると無謀にも思えるその挑戦を追ったドキュメンタリー映画『Return to My Blue』が、7月24日(金)よりキノシネマ新宿ほか全国で順次公開される。
NHK連続テレビ小説『あんぱん』などを手がけてきた野口雄大監督にとって、本作は初のドキュメンタリー作品だ。
上映時間は39分という短さからは想像できないほど、大きな問いを観る者に残していく。
不安のなかで、家族は笑っていた

この旅の計画を知ったとき、多くの人が同じことを思うはずだ。
「無理ではないか」と。
主人公の吉原壮眞くんは10歳。人工呼吸器を装着し、常に高度な医療的ケアを必要としている。向かう先は、電気も水もない無人島である。わずかな判断のずれが命に直結しかねない。安全を第一に考えるなら、答えは初めから出ている。
ところが、この旅に関わる人々の姿を見ていると、その前提が揺らいでくる。不安がないはずはない。むしろ膨大にあるだろう。それでも彼らは笑っているのだ。緊張に押しつぶされるのではなく、これから始まる冒険を心待ちにしているように見える。
その笑顔の底にあるものは、強さという言葉だけでは足りない。「この子に、まだ見ぬ世界を経験をさせてやりたい」「まだ見ていない景色を見せてやりたい」
母・純代さんのその一心が、たくさんの人々を動かしていく。
その決断は、ひとりの胸のうちには留まらなかった。事情を知った医師が同行を引き受け、ボランティアが手を挙げ、沖縄の人たちが受け入れの段取りを整えていく。
ひとりの願いが誰かの願いに移るたび、「不可能」と呼ばれていたものの輪郭はほどけ、いつのまにか話し合いの中身は、行けるかどうかではなく、どう行くかに変わっていた。
不可能だと誰もが思っていたプロジェクトが、人々の心で動いていく。
そして、長い道のりの果てにたどり着いた島で、母に抱かれた壮眞くんが海に入る。
その瞬間、彼の顔いっぱいに笑みが広がった。何かを成し遂げた達成感とは少し違う、ただ気持ちがいい、ただうれしいという、混じり気のない表情である。
ここまで積み上げられてきた膨大な準備も、周囲が抱え続けてきた不安も、すべてはこの数秒のためにあったのだと、見ているこちらが納得させられてしまう。
「当たり前」がひとつもない旅

当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではない。そう気づかされる点にこそ、本作の大きな特徴がある。
飛行機に乗る。海に入る。仲間と同じ場所で同じ時間を過ごす。私たちが記憶にすら残さないような行為が、この旅では一つひとつ到達点として立ち上がってくる。
搭乗までにどれだけの準備が要るのか。海に入るまでに何人の手が必要なのか。それを知ってしまうと、同じ光景がまるで違って見えてくる。
彼らの前に立ちはだかる壁の多くが、段差や距離ではないことにも気づかされる。
他人に迷惑をかけてしまうかもしれない。
団体行動に合わせられないかもしれない。
出かけるかどうかを決める前に、まずその計算をしなければならない。この見えない壁の高さは、当事者にしかわからないものだろう。
その壁を、旅の一行は分担して越えていく。誰かが苦手なことを、それが得意な誰かが引き受ける。壮眞を支えるのは、主治医の山本英世をはじめ、医師やボランティアが集まった少人数のチームである。
人手が限られているぶん、それぞれの役割は自然と決まっていき、やがて支える側と支えられる側の境目が見えなくなっていく。
そうした壁を越えていく場面を、本作はありのままに映していく。
だからこそ、当たり前だと思っていた日常が、実はいくつもの手間と幸運の上にようやく成り立っていたことに、観ているうちに気づかされるようだ。
命をつなぐことのその先へ
本作で印象に残るのが、やはり当事者たちのリアルな声である。
たくさんの医者たちは、命をつなぐことはしてくれる。医療は進歩し、人工呼吸器をはじめとする技術は、かつて失われていた命を確かにつないでいる。それは間違いなくありがたいことだ。
しかし、当事者が本当に望んでいるのは、そこではない。命がつながれた、その先である。
どこに生きる意味を見出していくのか。何を望み、どこへ行きたいと願えるのか。希望を持ち続けられる場所に、居続けられるのか。
生きていること自体が目的になってしまいがちな状況のなかで、この家族は「行きたい場所へ行く」ことを選んだ。
無人島という到達点は、つながれた命で何をするのかという問いに対する、彼らなりの答えなのだと思う。
彼らの本当の気持ちを、外側にいる人間が理解しきることはできない。わかったつもりになるのも違うだろう。
それでも確かに画面越しから伝わってくるものがある。この人たちが持っている生きる力は、我々の何倍も強かった。ただ圧倒され、自分の生き方を問い返される。
きっとこのドキュメンタリーを観た後、世界の見え方は確実に変わっているはずだ。

作品情報
映画『Return to My Blue』
監督・プロデューサー:野口雄大
出演:吉原壮眞、吉原純代、加藤真心、加藤さくら、山本英世
音楽:アルベルト・ピッツォ ほか
上映時間:39分/配給:ギグリーボックス
7月24日(金)よりキノシネマ新宿ほか全国順次公開


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