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俳優コラム

第8回 成原佑太郎コラム『準備は、何のためにするのか? 動くフェーズに入って気づいたこと』

【English Version is here】
第8回コラム英語版はこちら!

8月も終わりに近づき、今月は何をテーマに書こうかと考えていた。

けれど、なかなか「これだ」と思えるテーマが出てこなかった。

振り返ってみると、8月は目の前のことに集中し、動き続けていた一ヶ月だった。

これまで調べたり、考えたりしながら準備してきたことをもとに、人と会い、連絡をし、目の前で起きることに対応する。いつの間にか僕は、「準備するフェーズ」から「動くフェーズ」に入っていた。

今回のコラムでは、そんな8月を振り返りながら、準備してきたことが動き出したときにどう自分を支えてくれるのか、そして、準備とは何のためにするものなのかを考えてみたい。

準備する時間から、動く時間へ

第8回 成原佑太郎コラム『準備は、何のためにするのか? 動くフェーズに入って気づいたこと』

物事を形にするまでには、いくつかのフェーズがあるのだと気づいた。

まずは調べたり、考えたり、必要なものを整理することから始まる。まだ表には見えていないところで、自分の中にあるものを少しずつ形にしていく時間だ。

そして準備がある程度整うと、今度は人と会い、目の前で起きることに対応しながら、自分自身が実際に動くフェーズに入る。

8月に入ってからは、10月に公演を予定している舞台『Red Demon』のプロダクション業務も本格的に始まり、僕自身が動く機会も一気に増えた。

僕は、人に連絡をし、会いに行き、必要なものを用意する。予定の合間に急なミーティングが入り、変更があればその都度対応する。ほかの仕事も含め、急に予定が入ることもあった。

事前に決めたスケジュール通りに進めるというより、目の前で起きていることに対応しながら、次にやるべきことを決めていく毎日だった。

体力的に疲れていたわけではないが、一日がすぐに終わり、一週間が経ち、気づけば8月も終わろうとしていた。これほど月日が早く過ぎたと感じたのは、いつ以来だろうか。

振り返る時間がなかったのではなく、振り返る必要を感じないまま、目の前で起きることに対応し、動き続けていたのだろう。

準備は、何のためにするのか

第8回 成原佑太郎コラム『準備は、何のためにするのか? 動くフェーズに入って気づいたこと』

動くフェーズに入ると、予想していなかったことがたくさん起こる。

急に予定が入ることもあれば、予定そのものが変更になることもある。動き出してから初めて、必要なものや問題に気づくこともある。

どれだけ事前に準備をしても、すべてを予定通りに進めることはできない。

僕はこれまで、準備とは失敗する可能性を極力ゼロに近づけるためにするものだと思っていた。

事前に必要なことを調べ、起こりそうな問題を想定する。できる限り不安を減らし、本番で慌てないようにしておく。それが準備なのだと思っていた。

けれど実際に自分が動き始めると、どれだけ準備をしていても、予想していなかったことは起こり得る。

それでも、予期せぬことが起きたとき、動けなくなるのではなく、その都度対応することができた。少なくとも今回、僕がその都度対応できたのは、それまでに調べ、考え、必要な人に相談できる状態を作っていたからだ。

そう考えると、準備とは、失敗しないためだけにするものではない。

予想していなかったことが起きても慌てず、次の一手を考えられるようにしておくこと。

すべてを予定通りに進めるのではなく、予定通りに進まなかったときにも対応できる状態を作っておくこと。

8月を振り返ったことで、準備にはそんな役割もあるのだと気づいた。

このコラムが、振り返るきっかけをくれた

第8回 成原佑太郎コラム『準備は、何のためにするのか? 動くフェーズに入って気づいたこと』

もちろん、8月の間、こうしたことを実感しながら過ごしていたわけではない。

何か変更があれば対応し、必要なものがあれば作り、人と話す必要があれば会いに行く。その繰り返しをしていた。

自分が今どのフェーズにいるのか、それまでの準備がどう役に立っているのかも、そのときは考えていなかった。

もしこのコラムがなければ、そのまま走り続けていたと思う。

それはそれで、一つの正解だ。

動くフェーズに入ったときは、途中で何度も立ち止まるより、そのまま行けるところまで進んだ方がいいときもある。

今回立ち止まったのも、悩んで動けなくなったからではない。

コラムの締め切りが迫り、「何を書こうか」と振り返る時間ができたからだ。

8月はあっという間に終わった。

これといって記事のテーマにしたいと思えるような、特別な出来事もなかった。

でも、書くことを探すために一度立ち止まってみたことで、何もなかったのではなく、準備してきたことをもとに、目の前で起きることに対応しながら動き続けていたのだと気づいた。

そして、そうやって対応できていたのは、それまでに調べ、考え、準備してきた時間があったからだ。

無理に立ち止まる必要はない。

それでも、普段なら止まらないところで立ち止まったからこそ、走り続けるだけでは見えなかったものが見えた。

このコラムが、振り返るきっかけをくれた。

この原稿を書き終えたら、僕はまた目の前のことに集中する。

とりあえず、10月の公演まではこのまま突っ走る。

ただ、何気ない日常には、これまでより少しだけアンテナを立てながら。

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